それでも僕が憶えているから

左手が、なぜか温かくなったような気がした。次の瞬間、暗黙の了解のように僕は蒼と交代して外に出た。

目の前の医師が、はっと表情を引き締める。


「君は、ホタルくん?」


これまでの治療でも何度か医師の前に呼び出されたことはあった。だけどこうして自ら出てきたのは初めてだ。

張りつめた診察室の空気を割るように、僕は椅子から立ち上がった。まだ若そうな医師に緊張が走る。

それを見下ろしながら、僕は口を開いた。


「先生は、この世界で一番うまい食べ物って何だと思う?」


唐突なその問いに、医師が「え?」と目を丸くする。


「……僕は、あの味を忘れたくない」

「ま、待ちなさいホタルくん」


医師の制止を無視して歩き出し、診察室のドアを開けると人が立っていた。
見覚えのある目の前の顔に、僕は息をのんだ。

蒼の養母だ。

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