それでも僕が憶えているから

香ばしい匂い。フライパンの上で油が弾ける小気味いい音。

ワンルームの横に設置された小さなキッチンで、ハンバーグを焼くわたしのお腹が、ぐう、と鳴った。

正常に食欲を感じたのなんて何日ぶりだろう。


「ホタル、やっぱりお前の読みが当たってたぞ!」


ガラスの引き戸の向こうで、なにやら凪さんの興奮気味な声が響く。ノートパソコンを開いて急にあわただしい雰囲気だ。

ホタルも横からパソコンをのぞきこんだ。


「データは?」

「添付してもらった。すぐに開く」


カチカチとマウスをクリックする音。わたしはフライパンに蓋をすると、ふたりの背後に移動して画面に目をやった。


「あっ!」


思わず叫んだ。そこに表示された写真の人物に見覚えがあったから。


「この女の人って、田尻さんだよね!?」


田尻尚子さん。蒼ちゃんのお母さんの元同級生で、わたしたちが以前会って話を聞かせてもらった人だ。


「なんで田尻さんの写真が送られてくるの?」


ホタルの肩を後ろからつかみ、ぐらんぐらんと揺さぶる。軽い舌打ちが聞こえ、うざったそうに手を払われた。


「田尻尚子じゃなかったからだ」

「え?」

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