それでも僕が憶えているから

この人が、蒼ちゃんのお父さん……。

濡れた髪がすっかり乱れ、肩で息をしているその姿は、写真で見たスーツ姿の萩尾さんよりずっと素朴に見える。


「蒼」


萩尾さんがホタルの前に立ち、遠慮がちに呼んだ。

ホタルは返事をしない。目も合わさない。
だけどその表情にはもう、憎しみの色は見当たらなかった。

萩尾さんの手がそっとホタルへと伸びた。

まるで我が子の存在を確かめるように、ぎゅっと抱きしめた両腕の震えには、10年分の空白を埋める愛情がこもっていた。


「会いたかった。蒼」


……ホタルは今、どんな感情でいるのだろう。

自分には関係のないことだと思っているのか。

それとも、生まれて初めて父親に抱きしめられた温もりを、蒼ちゃんと共に感じたのだろうか――。


「萩尾さんは、最後まで蒼の母親を裏切っていなかったんだ」

「え?」


突然語りだした凪さんに、わたしは目を丸くした。


「どういうことですか? 凪さん」

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