それでも僕が憶えているから
「1年後、香澄の消息を知ったのは、すでに彼女がこの世を去ってからでした。
せめて蒼だけは引き取りたいと思ったけれど、その頃にはもう、私は親の決めた女性と結婚していたんです。
蒼のいる施設に寄付をするくらいしか、私はしてあげられなかった」
自分を責めるように固くまぶたを閉じていた萩尾さんが、ふっと空を見上げ、遠い目をした。
「一度だけ……蒼を一目見たくて、こっそり施設の前まで行ったことがありました。
ちょうどその日は、蒼が新しい家族のもとに引き取られていく日で……。
よく晴れた日だった。
やさしそうな夫婦に手を引かれて施設を出て行く蒼が、ものすごく遠く見えた。
そして、あの夫婦ならきっと大丈夫だと、この先は私が関わらないのが蒼のためなんだと思ったんです」
……ねえ。蒼ちゃん、聞いてる?
お父さんは蒼ちゃんを捨てたりしていなかった。ちゃんと愛してくれていた。
今さら真実がわかったところで、もちろん失ったものは戻らない。あまりにも残酷だ。
だけど、今日から進んでいく未来にはたしかな光が灯っていることを、わたしは願わずにはいられなかった。
「そろそろ車に戻ろう。風邪ひくよ」
凪さんがわたしとホタルの背中をぽんと叩いた。自然に笑みがこぼれ、わたしたちは車の方へと歩き出す。
そのときだった。