それでも僕が憶えているから

「あっ……」


最初に異変に気づいたのはわたしだった。

蚊帳の外でうずくまっていた福田のぶえが立ち上がり、ふらりと歩き出したのだ。

けれどそれは車の方ではなく、崖の先端の方へと――。


「福田さんっ!」


わたしは福田のぶえを追いかけ、その腕をつかまえた。


「離してっ」

「ダメですっ」

「離してって言ってるの!」


福田のぶえが力いっぱい腕を振り払う。
瞬間、わたしの視界が回転した。



――あ、やばい、また転んじゃう。
痛いんだよな、岩の上で転んだら。

やけにスローモーションの意識の中、なぜか暢気にそんなことを考えた。

転倒の衝撃を少しでもやわらげようと、わたしは下方に手を伸ばす。

けれどそこに触れるはずの地面はなくて。


あったのは、数メートル先に見える荒れ狂う海だけだった。





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