それでも僕が憶えているから
「何言ってんだ、お前っ……こんなときまで人のことばっかり」
「違うよっ。あんたの幸せがわたしの幸せでもあるんだよ」
「………」
「好き。ホタルが好きなの」
「………」
「大好きなの」
突起につかまるわたしの左手は、指先でかろうじて引っ掛かっている状態だった。
次に大きな波がきたら、こんどこそわたしたちは連れ去られてしまうだろう。
そのとき、ホタルが「真緒」とわたしの名前を呼んだ。
今までに聞いたこともない、静かな声で。
「もういい。離せ」
「え……?」
「僕の手を離せ」
言っている意味がわからず、わたしは顔を歪ませた。
「何、言ってんの……? 一緒に帰るんでしょう?」
「あぁ、もちろん。お前は蒼と一緒に帰る」
「……ホタル?」
何? 変なこと言わないで。
わけがわからない。わかりたくもない。
「言っただろ。僕がいなくなれば、蒼はまた元のように泳げるって」
「……嫌……っ」
「あいつなら、この荒れた海でも大丈夫だ。お前のことも助けられる。だから早く手を離せ」
「嫌っ……絶対に嫌! 嫌だ! 嫌だっ!!」
わたしの絶叫が響いた。
涙なのか海水なのかわからないものが、ぼたぼたと顎を伝った。