それでも僕が憶えているから

そのとき、窓が勢いよく開いてベランダから千歳が戻ってきた。


「最悪~。今から出勤になっちゃった」

駄々をこねるような千歳の声で、部屋の中の空気がふっと軽くなる。


「今からって、めっちゃ急じゃん。大変だね」

千歳を労ってあげる蒼ちゃんは、もういつも通りの様子だ。


「なんか団体の予約が入って超忙しいんだって。すぐに行かなきゃ」

「あっ、わたしも帰る」


そそくさと立ち上がり、千歳とともに部屋を出ようとした。が、大事なことを思い出してわたしは足を止めた。


「そうだ、教科書!」

「教科書?」

と首をかしげる蒼ちゃん。


「うん。こないだぶつかったときに入れ替わったみたいなの。たぶんわたしのは、蒼ちゃんが持ってると思うんだけど」


蒼ちゃんが「ちょっと待って」と言って鞄の中を確認すると、案の定そこにわたしの教科書が紛れ込んでいた。
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