それでも僕が憶えているから
……結局、今日は手紙を返せなかったな。
誰にも見られずに渡すのって案外難しいんだ。
明日こそはちゃんと返さなくちゃ。
わたしはカバンを開いて手紙を取り出した。
そして駅の蛍光灯に透かすように、目線より少し高く掲げる。
“水原香澄”。
差出人であるこの女性は誰だろう。
どうして宛名の欄は空白なんだろう。
封筒の一辺はハサミできれいに切られていて、中には折りたたんだ便せんが見える。
もし、中身を取り出したとしても、もとに戻せばわからないはずだ。
「………」
いやいや、何を考えてるの。それはさすがに人として最低でしょ。