それでも僕が憶えているから

「おばさんも蒼ちゃんに兄弟はいないって言ってた。けど、あんな反応をしたってことは、それに近い存在がいるってことだよね?」


以前、蒼ちゃんが口にした“兄弟”という言葉。

そして放課後の教室で会った左利きの彼。

すべては一本の糸でつながっている気がして、今その糸をつかまなくては蒼ちゃんが遠くへ行ってしまう気がして、わたしは詰め寄るように質問をぶつけた。


「わたし、たぶんその人に会ったの。顔も声も蒼ちゃんにそっくりだった。あれは誰? おばさんも何か知ってる感じで――」


ハッと息をのみ、わたしは言葉を切った。

目の前の蒼ちゃんの表情が、さっきまでとまるで違ったから。

底の見えない井戸のような、ひんやりとした眼差し。
押しつぶされそうなほど張りつめた空気。

無意識にわたしが後ずさりをすると、彼は機械的に口を開いた。


「誰にも言うなって言っただろ」

「え……?」

「なんで僕のことを、蒼の母親に話した」

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