それでも僕が憶えているから

聞き返したものの返答はなく、彼は腕を振り払ってわたしの両手をはがす。

それから、取引とすら呼べないような一方的な口調で続けた。


「これ以上他の人間に僕のことを話すな。あの手紙のこともだ。お前がちゃんと守れるなら、僕も蒼を傷つけないって約束してやる」


それはつまり、黙ってわたしに秘密を共有しろという意味だ。
しかもこんな脅迫めいたやり方で。

……嫌だ。

こんなヤツと取引をして、これ以上関わりなんか持ちたくない。

蒼ちゃんの安全が自分の肩にかかってくるなんて、そんな怖いことをしたくない。

そもそも、どうしてわたしがこんなことに巻き込まれなくちゃいけないんだ。

ただ蒼ちゃんと教科書が入れ替わっただけ。そこにあの手紙がはさまっていただけなのに。

関わりたくない。
今すぐこの場を立ち去りたい。
最初から何も知らなかったことにしてしまいたい。

だけど――

ここでわたしが逃げたら、蒼ちゃんを見捨てることになるんじゃないの?
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