それでも僕が憶えているから

「言われなくてもそのつもりだ」


よかった……。
目的が何なのかはわからないけれど、とにかくそれさえ果たせば、彼は蒼ちゃんの中からいなくなるのだ。

わたしにできるのは、それまで秘密を守り通すこと。
そして、蒼ちゃんを守ること。


「お前、名前は?」


彼がくいっと顎を上げて尋ねた。


「真緒。……あんたの名前は?」


こいつに名前なんてあるのだろうか。
そう思いつつも同じ質問を返す。


「僕は」


生ぬるい風が彼の前髪を揺らした。
海の底のような瞳が、小さく光る。


「ホタル」


ひと夏だけ輝いて、消えていく運命の生き物の名前――


わたしはその名を口の中でつぶやき、まっすぐ彼を見据えた。

得体の知れないこんな男と関わって、これからどうなってしまうのだろう。

……あきらめに似た覚悟とともに目をつむると、あの夜光虫の光が、まぶたの裏を照らした。



  

         ~Chapter.1

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