フカミ喫茶店のワケありアンティーク


***

「……その懐中時計はマスターがいつか夢を叶えて、迎えに来てくれたら一緒に生きていこうと、そう思って託したらしい」

鑑定が終わったのか、何も映さない感情の凪いだような目に意思の輝きが戻る。
そして、拓海先輩は静かにそう告げた。

「ですが私は……雪さんに会いに行くのを恐れてしまった。他の誰かと幸せになっていたとしたら、私の存在は邪魔になってしまうと……」

「雪さんは壮吾さ……旦那と結婚してもマスターの事を待っていた」

「え……?」

深海さんが意味を問うように拓海先輩を見つめる。

「あの日々の思い出がマスターを後悔で苦しめているかもしれない。そうだとしたら、止まったままの時間を動かしてあげたい……からだそうだ」

「だから、雪さんは最後まで私を待っていたと言うのですか?」

深海さんは驚きと悲しみが入り混じったような顔をしていた。そんな深海さんに、肯定するよう拓海先輩が頷く。

「亡くなる前、雪さんは自分に残された時間が少ない事を悟り、東吾さんに鍵を託した」

「雪さん……」

「今、大切に想う人と残りの時間を一緒に刻んでいって欲しいからだ」

そこまでだった。深海さんがいつものように穏やかに、ピンと張った背筋で、完璧な老紳士でいられたのは。

「雪さん、あなたって……人はっ」

ボロボロと大粒の涙が深海さんの頬を流れていく。
それは50年分の後悔、50年分の恋心、50年想い続けた大切な人の死に溢れているんだろうと思った。
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