リリー・ソング

私に触れるのはまだ勇気が要るみたいだけれど、それでも深夜が私を見つめる時、その瞳には心臓を鷲掴みにされるほどの熱を孕んでいる。

「…ドキドキしてきた。」

思わず呟くと、深夜はきょとんとした。リラックスさせるつもりでキスをしたのに、と思っている。

「あんまり見ないで。心拍数上がっちゃうから。」

重ねて言ったら、そういうことか、というように深夜が笑った。

「大丈夫かなあ。リリーが思ってる以上に僕はきみを好きだよ。想像を絶するんじゃないかな。怖くない?」
「怖くないしそういうこと言ってくれるようになったのは嬉しいけど、今だけはやめて。後でたくさん言って。」

いいけど、と深夜が喉を震わせておかしそうに笑っている。だけど私が言った通り目を逸らしてくれて、代わりに手を取って指先にキスをした。
そんなことをするくせに、深夜はまだしぶとく心配している。

「そろそろ抑えがきかなくなりそうだな。僕が暴走したらどうする?」
「していいと思う。私もうハタチだから、そんな心配することないと思う。」
「そうかなあ。」

きっと、深夜の中に一片の躊躇いも無くなる日はまだ遠い。怖くない? と深夜は訊くけど、本当に怖がっているのは深夜のほうだ。だけどそれでも、私が好きだと言っても咎めることはもうないし、時々こうして胸に留めておけなかったみたいに言葉を零す。

「あのう…そういうことはドア閉めてやってもらってもいいですかね。」

ため息混じりの声をかけてきたのは榎木さんだった。
渋い顔をして楽屋のドアに寄りかかって私たちを見ていた。

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