リリー・ソング

一曲目のtorch your heartを始めるための、ミディアムな4拍の間に、上から下までギッシリと詰まったお客さんたちを見回して、私はたくさんのことを考えた。

ああ、私は何もわかっていなかったんだ、と。

口々に私の名前を叫ぶこんなに多くの人たちのことを、私は知らなかった。私は私と深夜のためにしか、歌っていなかった。
どの曲も、このアルバムも、何もかも、待っている人がいるなんてことは考えたこともなかった。
ただ進むために、歯車を転がすために、自分たちの夜明けのために、それだけに必死だったのだ。

でも違った。
私は心の底から感謝した。神様はいないから、私たちは運命に泣かされる。だけどこんなたくさんの人たちがいる。

だから私はこれから歌うのだ。
この人たちの求める歌を、この声で。

大丈夫、待っていて。

大丈夫。すぐに此処を楽園にしてみせるから。


ーー私の背中が、何か変わったんだろうか。深夜が笑う気配がした。
私たちはまだきっと、苦しみ続ける。深夜は今も私を愛していていいのだろうかと悩んでいるし、それが終わる日はきっと来ない。
だけど、私たちはラブソングを、作ったから。
夜明けの曲を。

アルバムの最後にそれを入れた。
私や深夜がまた迷ったり、沈みそうになった時は、マイクの無いところでも、私はきっとそれを歌う。

私がこんな声を持って生まれたことも、深夜が私を見つけ出したことも、こうして二人で音楽を続けていることも、何もかも全部この人たちのためなのだと、今は難なく信じられる。

だけどあの曲だけは、いつでも深夜に向けて歌うだろう。




"あなたが欲しいと言うのなら
わたしの声はぜんぶあなたにあげる

あなたがわたしを見つけてくれたあの日から
あなたこそわたしの世界よ"








end.








< 103 / 104 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop