リリー・ソング
だけどそのテレビ出演以来、私は一度もbenthosを歌っていない。
歌えない。
あの歌には、私のそれまでを詰め込んでしまったから。まだ短い私の人生を歌うしか、あの時はできなかったから。
だけどそれは鉛でできた足で歩こうとするようなもので。
「何がそんなに辛かったんだろう…?」
もう、ほとんど覚えていない。
自分の人生なのに記憶があまり無い。
ただ、孤独の感触だけがお腹の底に残っていて、時々疼く。
この曲を歌うと、何故か私は泣いてしまうから。
ライブでも歌えないんだ。
「まだ起きてたの?」
防音室のドアが開き、クリームが深夜の声を聞いて私の膝から跳び降りた。
「あ…うん。」
「風呂に入って寝なさい。」
「そっちこそ。」
私は笑う。
深夜も笑って、それからふと、耳を澄ました。
「……無理に聴かなくてもいいんだよ。リリーが嫌なら新しく曲を書くから、そっちを当ててもらおう。」
「ううん…」
でも本当は、深夜はこれを使いたいんじゃないの?
こんな名曲は、本当は世に広めたいんじゃないの?
そんなことないよ、と深夜は笑うだろう。
これは百合の為だけに作った曲だから、と。
「別に、レコーディングし直すわけじゃないし…そろそろ、この曲を解放してあげてもいいんじゃないかと思うの。ずっと閉じ込めておくのは可哀想だから。」
「リリーらしいな。」
深夜は息を漏らして微笑んだ。
オリーブ色の瞳、栗色の髪。
深夜の曲は、深夜の姿のように、危ういバランスを保っている。
それを才能だと他人は言う。
だけど私はそのバランスがいつか崩れてしまわないようにと、息を潜めて祈っている。
「ほら、早く風呂に入りなさい。」
「はあい。」