リリー・ソング
深夜がお風呂に入るまで見張っていそうな勢いだったので、私は洗面所に向かった。
クリームがついてきた。
鏡に映った自分の顔が目に入って、私は思わず足を止める。クリームが唐突な停止に不満そうに鳴いた。
榎木さんがさっき、一瞬言葉を失った理由が、今はっきりわかった。
「本当に…」
メイクはスタジオの控室で落としてしまって、私は素顔だった。鏡を直視するには覚悟が要る。
鏡の中の自分の頬を、そっと撫でた。
「どうして誰も、気づかないんだろう。」
オリーブ色の瞳、栗色の髪。
白い肌、細い首。
他人が深夜を綺麗だと言うのなら、私への賛辞も嘘ではないと、難なく信じられる。
私たちは、似すぎている。
深夜はもう私を、百合、とは呼んでくれない。
benthosを作った時、深夜は"Liliy"という名前を、17歳の私に与えた。それは私の新しい人生に貼られた輝くラベルであり、私と深夜が孤独から身を隠すための、唯一の道標でもあった。
私のほんとうの名前は、美山百合。
美山深夜の、血の繋がった、実の妹だ。