リリー・ソング
「ーーうん、OKです。お疲れ様。」
柔らかなテノールの声が、スピーカーを通して私の耳に届いた。お疲れ様、は私に向けた声ではない。
仕切られたブースのガラスの向こうを見ると、緩んだ空気の中で何人ものスタッフさんたちが一様に笑顔を零して、頭を下げたり伸びをしたりしていた。
世の中に私たちの曲を送り出してくれる、大切な人たち。
今日も一曲、無事に録り終えた。
私は、私と深夜の寿命が少し伸びたような気がして、息をついた。
「ありがとうございました。」
コントロールルームに移って頭を下げると、事務所の社長が真っ先に声をかけてくれた。
「おう、お疲れ、リリー。今日も良かったな。」
「…そうですか?」
来てたんだ。偉い人なのに。
良かったなら、良かったけど。
深夜がOKを出したんだから、良かったんだろうけど。
「ピンと来ないって顔してんな。いい加減慣れたらどうだ。いくつになった、お前?」
「もう少しで二十歳です。」
「デビューから2年も経つだろう。」
「でも、その無垢さがリリーさんの良いところですよ。変わらないほうがいいですよ。」
マネージャーの榎木さんが口を挟んだ。
無垢なんて。そんなことないのに。
「榎木さん、僕今日はもう帰っていいの?」
深夜がマイクの前のキャスター付きの椅子に背を預けて、顔を傾けた。栗色の髪が揺れ、少し椅子が後ろにズレた。
「あ、はい。今日は夜までかかるかと思っていたので、空いてます。仕事が早くて助かります。」
榎木さんは、私と深夜のマネージャーを兼任している。大変だろうと思うけど、いつもニコニコしてくれている、いい人だ。