リリー・ソング
「…ちょっと待って…心の整理させて下さい。まだ出るまでに時間ありますよね?」
「いいですよ。」
榎木さんが頷いたので、私は顔を洗うために洗面所に向かい、ドアを閉めた。
「……すみません、強引で。まずかったですか?」
ドアに寄りかかって息をついていたら、微かにそんな声が聞こえてきた。そうだ、私は深夜の妹だけあって、どうやら耳が良いらしいのだ。
「…いや、榎木さんの気持ちはわかるよ。」
私に聞こえないよう声を潜めている榎木さんに合わせてか、深夜も少しトーンを落として答えていた。
「深夜さんとしては反対ですか。」
「…リリーが刺激を受けて成長するのはいいことだと思うよ。」
深夜は注意深く明確な答えを回避している。榎木さんは大きなため息をついた。
「深夜さんもわかってますよね? リリーさんはキャパを制限していますよね。ほとんど意図的ですよね、あれは。」
「…リリーは売れることを望んでるわけじゃないからね、別に。」
「いいんですか、このままで。条件が揃っているのに、力量に自ら負荷をかけるなんて不可能なんですよ、本当は。歪んでますよ。本人も苦しいですよ。」
「………」
「リリーさんは人形ではないんですよ。人形でいられる程度の才能を遥かに超えてます。」
「…わかってる。」
何をわかっているっていうの、深夜。私は何も苦しんでなんかいないのに。
ずっと、「リリーは僕のものだから」って笑っていてほしいのに。
深夜を責めないで。だって、私も同じ日々を求めている。