リリー・ソング
すぐにどこからともなく拍手が起こり、部屋中に広がった。
ケータリングが大部屋の中心に配置された立食形式の会を、手渡された紙コップを手に、歩を進めた先々で人に声をかけながら、監督はゆっくりと移動する。シャツにチノパンとラフな格好だった。
背はそう高くないけれど、そうしているだけで貫禄がある。白髪混じりの髭を生やしているせいかもしれない。年はたしか、まだ48だったはずだけど。
なんとなく目的地のあるような進み方だな、と思っていたらこの部屋の隅の椅子に並んで座っている私たちのところだった。私と紺は慌てて立ち上がった。
そうよ、だって紺は主役なんだから…
「リリーちゃん、会いたかったよ。」
「……」
紺に見向きもせず、監督は私に声をかけた。びっくりした。
「…あ、えっと…リリーです、はじめまして。」
厳しい人だと聞いていたのに、佐藤監督は孫でも見るような目で、うんうんと私に頷きかけてくる。
「いやー、ありがとうな、ファンなんだよ俺。benthos、あれはいい曲だ。深淵の曲だな。紺、聴いたかあれを?」
「聴いてます、他のも聴いてます、それにしても俺をスルーはひどくないですか?」
「馬鹿野郎、主演と馴れ合う趣味はないんだよ。」
「馴れ合いとかじゃなくて、挨拶くらい…」
「チャラチャラした格好しやがって、なんだその髪は? 一瞬誰だかわからなかったじゃないか、クランクインまでには暗くしとけよ。」
「勿論ですよ。こちとらアイドルなんで色々と都合が…」
若い。口を開くと貫禄は散って、溌剌とした雰囲気だった。48歳よりもかなり若く感じた。目つきの鋭さが光っている。
たじたじになっているけど、それでも物怖じしない紺は流石だな、と私は思った。