リリー・ソング
深夜がいつまで経っても姿を現さない、と思っていたら、なんのことはない、深夜はもう着いていた。
「…うん、それはまた後で話そう。わかったから…」
ドアの外で電話をしていて、その傍らで榎木さんが苦虫を噛み潰したような顔で終わるのを待っていた。
「うん、だからね、僕はちょっとこれから用事があるから。」
榎木さんの様子から察するに、どうやらこの会話は長引いているようだった。
「…秋穂さんですか?」
私が後ろからこっそり声をかけると、榎木さんが顔をしかめて頷いた。
「いや、だから…うん、それは僕が悪いよ。謝るから。…え? うん、…うん、あぁ、そう? …わかった。」
うん、わかった、ともう一度深夜は言って、ため息混じりに電話を切った。
「…ごめん、榎木さん。やっぱり僕行かないとまずそうだ。」
「酔っぱらいの相手なんかする必要ないと思いますけどね。」
「うん、でもうちの近くまで来ちゃってるみたいだからさ。相当くだ巻いてるし。」
「そうやって優先されるとまた望み持っちゃうじゃないですか。結婚する気がないなら別れてあげたらどうですか?」
「いくら榎木さんでもプライベートのことに口出される覚えはないよ。」
「……僕は仕事さえきちんとして頂ければいいですけど…」
榎木さんが重い息を吐いた。
「じゃ、僕、挨拶だけしてくるから。」
榎木さんの隣に立っている私に笑いかけて、深夜はすれ違っていった。
「…あの、私なら大丈夫だから、送ってあげて。」
「いや…」
榎木さんが頭を掻きむしった。