リリー・ソング
「プライベートならプライベートらしく、ひた隠しにしてもらいたいもんですよ。」
「……です、よね。」
私は曖昧に頷くしかない。
深夜は28歳、秋穂さんは30歳。確かに結婚してもいい歳だ。
「私、タクシーで帰るから。」
「いやー…」
榎木さんが渋っている。そりゃあ、あんなこと言われたら送ってあげたくなんかないだろう。
「あのう、すみません。お話、少し聞こえてしまったんですが…」
そろそろと、といった感じでドアの影から別の男の人が現れた。壁に耳ありだ。外で迂闊なことを喋れない。
「リリーさんでしたら、私が送りますよ。紺のついでに。」
紺のマネージャーの、三枝さんだった。
「あ、いえ、ご迷惑おかけするわけには。」
榎木さんが恐縮している。
「でも、紺のほうはリリーさんと話し足りないみたいで。車中で話せるとわかれば紺もあっち、集中できると思うんで。」
あっち、と示した先で、紺がスタッフの人と談笑していた。ああ、と榎木さんが合点がいったように嘆息する。
その間に紺は監督の方へ向かう深夜をめざとく捕まえて、何やら話し始めていた。
「野放しにするより、私がいたほうが、逆に安心じゃないでしょうか。お互いに。」
「…それはそうですね…」
苦笑して榎木さんは頷いた。
今スキャンダルでも起こされようものなら、というマネージャー同士の利害が一致したようだった。
少なくとも、私はそんな心配はないと思うんだけど。
「じゃあ、申し訳ありません、よろしくお願いします。」
「いえいえ。」
榎木さんが三枝さんに頭を下げて、また憂鬱そうなため息をついた。