リリー・ソング
「私は寝てないけど紺はこないだ寝てた。思いっきり。」
「あーごめん。」
手を絡ませたまま、紺が顔をしかめた気配がした。吐息が頭に当たる。
「いいの。三枝さんと仲良くなれたし。」
「俺をネタに?」
「そう。紺はボロボロだけど、決める男なんだって。」
「げっ、あの人そんなこと言うの?」
「うん。言ってた。」
紺ががっくりと頭を垂れたから、私の首筋に額が乗った。
「ボロボロのくだりは忘れてよ。」
「ううん。偉いなって思った。紺、私ね。」
紺の両脚の間の、自分の裸足のつま先をじっと見つめながら、私の唇からするりと言葉が滑っていった。
「私、母親に捨てられて、施設で育ったの。ひどいところだった。」
「………」
紺がさすがに黙った。だけど言わなきゃ良かったとは思わなかった。マイクはセットされていないから、他の誰にもこんな私の告白は聞こえていない。
「深夜が私を見つけて、そこから連れ出してくれたの。」
「………そっか。」
「うん。ごめんね。なんか言いたくなったの。紺には知っといてもらわないとって。でも忘れていいよ。」
何故かわからない。
こうして紺にふんわりと包まれていたら、言ってしまいたくなった。ただ、今私の指に触れるきれいな手には、見えない傷がたくさんたくさん刻まれているのだ、と思った。
「忘れないけどさ。…つらかった?」
「つらかったんだと思うけど、よく覚えてないの。思い出そうとも思わない。」
そんなことはどうでもいい。
今はつらくない。私はつらくない。それが大事なことなんだ。深夜がそうしてくれたから。
「紺は偉い。私も紺みたいになりたい。」
「俺なんかそんないいもんじゃないけどなあ。」
「うん。」
きっとそうだろう。紺のほうがつらいことはいくらでも経験している。それでも私には紺は眩しかった。