リリー・ソング
紺が心なしか悲しそうな顔をした。
「…いつか別れが来ると思うと、寂しいよな。」
「寂しがりやなの?」
「うん。俺、寂しいのだめ。」
「可愛い。紺が甘えん坊の猫みたい。」
私が声をあげて笑うと、紺もつられたように笑った。それから私の背中を支えていた手を滑らせて、首の後ろを引き寄せた。
難なく顔が近づいて、唇が触れ合う。
ほんの戯れのような、キスだった。
何一つ、驚きも、不自然なことも、嫌なことも、なかった。
そうするのが当たり前だった。
生まれて初めてのキスの感触さえも、もうずっと前から知っていたような気がした。
唇が離れると、私たちは額をぶつけてまた笑った。
「ーーカット。おい! 紺、お前なあ!」
それまでが夢だったように、そんな怒鳴り声が時間を分断した。
佐藤監督の声だった。
…カットって? いつからスタートしていたんだろう?
気づけば監督は定位置らしい椅子に座っていた。ざわざわしていたはずの大勢のスタッフも、いつの間にか静まり返っている。
「げ、やばい。俺やりすぎた?」
紺が小さい声で慌てて言って、はいっ、と監督に答えた。
「でかした! よくやった!」
どっと笑いが起きた。パラパラと拍手まで聞こえる。紺は胸を撫で下ろした。
「ほんと、心臓に悪い現場…」
と苦笑して、私をもう一度短くぎゅっと抱き締めてから、身体を離した。
それまでとても暖かったのに、私は急に心細くなった。
「ありがとう、リリー。初めて監督に褒められた。」
「だけど、まだ2日目でしょ?」
「まあそうなんだけど。」
「弱気にならないで。」
「うん。」
黒い髪を、クリームの頭を撫でるみたいに撫でてあげた。
すっかりただの少年の顔になっていた紺は無邪気に笑った。