リリー・ソング
ルーム
"アネモスコープ"の撮影隊は数週間後、北海道に飛ぶらしい。
私の撮影は一日だけという話だったけど、もう一日外でのロケが行われ、それもつつがなく終わると、私はもうお役御免だった。
「アルバムのことなんだけど。」
すっかり暇になった私と違って忙しい深夜を捕まえて、そう切り出した。
仕事が詰まっている深夜とゆっくり話せるのは大体朝だ。
「…うん。」
どんなに夜遅くまで仕事部屋に籠もっていも、朝になると私に起こされるので、ただでさえ低血圧の深夜は朦朧としている。
「優しくて、強い感じにしたいの。」
私は例によって深夜の手にあるスムージーのグラスとコーヒーのマグカップを交換しながら言った。
「…優しくて、強い…」
深夜は口の中で呟いて反芻している。
「前回は夜のイメージだったでしょ。」
一枚目のアルバム"the gear"は、その名の通り、この世の全てが歯車だというコンセプトのもとに作った。
それは深夜に探し出されて、施設から大人の社会にぽんと放り込まれた時から、強く感じていたことだ。
それまでの私は…美山百合は、歯車ではなかった。それなのに、海の藻屑にもなれなかった。だからとても苦しかった。
歌という機能を持つ歯車として生きること、深夜が曲という歌うための歯車を与えてくれること、私の声が深夜の音楽の歯車であること。
そういう一つ一つが噛み合って、大きな一つの歯車として滑り出した、ささやかな希望と。
それなのにまだ、私たちは、楽になれない。
そんな喉につかえるような苦しみと、涙の滲む夜闇の音楽を。
私たちは、一年前に、作った。
「いつまで経っても、夜が明けない。そういのは、今回は違うと思うの。」