リリー・ソング
深夜は瞳を揺らせて考えている。
できるだろうか?
そう思っている。
深夜は職人芸で、オファー通り他人にはいくらでも明るい曲を渡すけれど、私と作る時はそうはしない。もっと私的な感情を拠り所に音楽を紡ぎあげる。
深夜は本当は夜明けを、望んでいない。
「…もう少し、具体的にイメージを伝えてくれると有り難いな。細かいアイデアがないと…」
「うん、わかった。考えるね。」
同じ歌ばかり歌うことは許されないし、新しい曲を作るなら新しいインスピレーションが必要で、そうやって時は進み続ける。
だって私たちは、歯車だから。動かない歯車は錆びて固まって、歯車ではなくなってしまう。
「リリー…」
顔を上げると、深夜が私を見つめていた。
どこか怯えた瞳だ、と私は思った。
「僕は…」
それっきり、黙ってしまう。
深夜はいつも言葉にできない。
怯えている。
私の夜明けを。私が進むことを。
例えば、と私のほうが口を開いた。
「深夜が、私を迎えに来てくれた時みたいな。そういう気持ちはどう?」
「ああ…」
深夜は目を細めて微笑んだ。
「なるほど。懐かしいな。」
まだ私が赤ん坊だった頃、母を捨て、生まれ故郷のイギリスに深夜だけを連れて去った父親は、深夜が高校生の頃死んだ。
深夜は高校を卒業してすぐに日本に帰ってきた。手がかりもお金も何もない暮らしの中で、少しずつ少しずつ音楽の世界で名を上げながら、私を探した。
汚くて、騒々しくて、意地悪な大人と相容れない子どもしか居ないところで、古いレコードだけを聴いて息を潜めて暮らしていた私は、あの時16歳だった。深夜は25歳になっていた。