リリー・ソング

深夜は瞳を揺らせて考えている。

できるだろうか?

そう思っている。
深夜は職人芸で、オファー通り他人にはいくらでも明るい曲を渡すけれど、私と作る時はそうはしない。もっと私的な感情を拠り所に音楽を紡ぎあげる。

深夜は本当は夜明けを、望んでいない。

「…もう少し、具体的にイメージを伝えてくれると有り難いな。細かいアイデアがないと…」
「うん、わかった。考えるね。」

同じ歌ばかり歌うことは許されないし、新しい曲を作るなら新しいインスピレーションが必要で、そうやって時は進み続ける。
だって私たちは、歯車だから。動かない歯車は錆びて固まって、歯車ではなくなってしまう。

「リリー…」

顔を上げると、深夜が私を見つめていた。
どこか怯えた瞳だ、と私は思った。

「僕は…」

それっきり、黙ってしまう。
深夜はいつも言葉にできない。
怯えている。
私の夜明けを。私が進むことを。

例えば、と私のほうが口を開いた。

「深夜が、私を迎えに来てくれた時みたいな。そういう気持ちはどう?」
「ああ…」

深夜は目を細めて微笑んだ。

「なるほど。懐かしいな。」

まだ私が赤ん坊だった頃、母を捨て、生まれ故郷のイギリスに深夜だけを連れて去った父親は、深夜が高校生の頃死んだ。
深夜は高校を卒業してすぐに日本に帰ってきた。手がかりもお金も何もない暮らしの中で、少しずつ少しずつ音楽の世界で名を上げながら、私を探した。

汚くて、騒々しくて、意地悪な大人と相容れない子どもしか居ないところで、古いレコードだけを聴いて息を潜めて暮らしていた私は、あの時16歳だった。深夜は25歳になっていた。
< 50 / 104 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop