リリー・ソング


榎木さんに呼び出されたのは、それから一ヶ月近く経ってからだった。
11月に入り、寒くなってきていた。

「アルバムのほうの曲作り、進んでますか?」

事務所の一部屋のドアにしっかり鍵までかけて、榎木さんは密室を作った。
紺はまだ北海道から帰ってこない。あっちはもっと寒いだろう。ぼんやりとそんなことを思った。

「…いえ、全然…」
「ですよね。」

向かい合う榎木さんの顔が厳しい。

「ちょっと、深夜さん、まずいかもしれないです。」
「まずい?」
「だいぶ情緒不安定っていうか、追い詰められてるっていうか。最近、顔合わせてます?」
「ほとんど会ってない。朝だけちょっと。」
「相当痩せてしまっていて…」

それは私も気づいていた。
だけど深夜が私と話すことを避けている。

「もうちょっとしたら、映画がこっちに回ってきちゃうので、深夜さんはそっちにかかりきりになると思うんですよ。アルバムが出来上がるのは無理そうにしても、新曲一曲くらいは欲しいところで…まあ、年末のリリーさんの露出は"クリーム"で凌ぐとして…幸いクリスマスっぽい雰囲気もあるといえばありますし…」

私に言うというより、頭の中を整理する感じで話してから、榎木さんは私をの顔を見た。

「…何かありましたか?」
「………」

何か。
あるとしたら。

「あの…曲は、書こうとしてると思う。ずっと仕事部屋にはいるの。たぶん、ほとんど寝てないと思う。」
「一応、こちらもこなしてくれてはいるんですけど…」
「アルバムの相談を、したんだけど。私、が…」

榎木さんに、何て説明するんだろう。
仕事の話をしているようで、これは私たちの問題だ。
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