リリー・ソング
「……もしかしたら……深夜には、できないことを提案しちゃったのかもしれない。できないっていうか…拒否反応が出ちゃうっていうか…」
そう言うのが精一杯だった。
私はとんでもない間違いを犯してしまったんだろうか。
深夜を壊してしまうような。
「………」
榎木さんは口を真一文字に結んで、腕を組んだ。
大体察しがついたんだろうか。
「……あの人は、歪んでるし、脆すぎるでしょう。」
「…うん。」
「ちょっと、リリーさんに寄りかかりすぎなんですよ。リリーさんを見つけ出して一時は好転したかと思ったんですけど、結局あまり変わっていない。見つける前はリリーさんを探し出すために仕事をして、見つけた後は繋ぎ止めるために曲を書いてる。」
「違う。…それは…それは、深夜のせいじゃない。」
深夜はそんなつもりで私を探していたわけじゃない。ただ幼い時に生き別れになったあの赤ん坊だけが、唯一の血を分けた人間だったから。父親に手を引かれて小さなアパートを出る時、火がついたように泣き出した赤ん坊の声が、置いてかないでと叫んでいるようだったから。小さな子どもが何をできるわけでもなかったのに、それをずっと悔いて、忘れられずにいたから。
ただ、それだけだ。
それなのに。
「私が…こんな声を、持っていたから…」
握りしめた拳に、涙がぽたっと落ちた。
「自分の才能をそんな忌み嫌うように言うのはやめて下さい。」
榎木さんが慌てて言った。
ティッシュを取りに部屋の隅に飛んでいって、でたらめに何枚も引き出して私の顔に当ててくれた。
「…ごめんなさい。」
泣くのなんて何年ぶりだろう。泣くようなことじゃない。私たちはうまくやっていたはずだ。