リリー・ソング

「こちらこそ、すみません。深夜さんに比べてリリーさんのほうがしっかりしてると思って、つい言い過ぎました。そんなわけないですよね。リリーさんだって苦しいですよね。」

僕も甘えてしまいました、と早口で榎木さんが言った。
おじさんが未成年の女の子に泣かれるなんて、気の毒だ。

「私しっかりなんかしてない。ただ、深夜を一人にしたくないの。深夜が見つけてくれなかったら、私は今も歌うことなんかできていなかったから。」
「それはわかってます。わかってますよ。」
「どうしたらいいの? ただ深夜に楽になってほしいの。どうしたら…」

こんなことを言ったって、榎木さんが困るだけだ。私はまた謝った。

「…ごめんなさい。私も甘えてる。」
「甘えていいんですよ。リリーさん、まだ若いんですから。」
「私、もう少しで二十歳よ。」
「まだまだ、コドモですよ。」

困った顔のまま、榎木さんが笑った。

そうなのかな。
私が子どもだから深夜も苦しんでいるんだろうか。私がもっと大人になれば何かが違う?
でもそんなのを待っているうちに、深夜が壊れてしまう。

「とにかく、何かあったら僕に報告してください。相談でも愚痴でも泣くのでもなんでもいいので、とにかく僕に言って下さい。」

榎木さんが訴えるように言った。

「僕はこのまま潰したくありません。リリーさんも、深夜さんも。いつまでも生きる限り、音楽をやっていてほしいですよ。」

生きる限り。
生きる限り、私は歌える。私が歌う限り、深夜は音楽を作れる。そうやって私たちは、ずっと二人で生きる為の歯車を作り上げたはずだったけれど。

もし、こんな声で生まれていなかったらという思いは、本当はずっと私の中にある。
セイレーンの声を待っている、と私は2年前に歌った。
だけど違った。
セイレーンは、私だ。

深夜の何もかもを、私が滅ぼしてしまう。

< 54 / 104 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop