リリー・ソング
「ああ、これは、体重落とさないといけなくて。大丈夫、心配しないで。」
「あ、そっか…」
恋人を失って、生きる力もだんだん失っていく役だから。
「リリー。」
紺が立ち上がって、縋りつくように私に手を伸ばしたかと思うと、息を飲む間もなく抱き締めた。
「…俺、できないんだ。監督が、全然納得しなくて。自分でもわかってるんだ。全然ダメだ。あともう少しで終わるのに、どうしても…」
耳元でいつもあんなに楽しそうに笑う声が、あんなに上手に歌う声が、力無く震えていた。
胸がきゅうっとなって、私は紺の背中に手を回した。
「紺、どうしたの。大丈夫よ。」
「どうしても、リリーに会わないとって…」
「うん。会えたじゃない。」
「会えなかったらどうしようかと思った。」
大丈夫、大丈夫。
そう繰り返して、ぽんぽんと背中を優しく叩いた。お母さんみたいに。
顔も覚えていない母に、私がしてもらいたかったみたいに。
紺は肩を震わせて、声を押し殺して泣いた。
「三枝さんは?」
「いない。俺一人。脱走してきた。今頃どうなってんだろ、現場。戻るの怖い。」
脱走って。
北海道から、一人で、朝比奈紺が。
「…よく無事にここまで来られたね。」
「俺今、超地味だから。オーラないし。」
私は思わず笑ってしまった。
「謝らないとね。」
「うん。」
「きっと、三枝さん心配してる。」
「それから監督がめちゃくちゃ怒ってる。」
「大丈夫、あの人、紺のこと好きだもの。きっと面白がってくれる。」
実に繊細で、闘志がある。
監督は紺のことを、そう言ったんだ。
紺が身体を離して、冷たい空気を目一杯吸い込んで、深呼吸した。