リリー・ソング
マイルズ
あの時、私はまだセーラー服を着ていた。
深夜はまだプレイヤーとしての仕事のほうが多かったから、家に居ないことが多かった。
深夜の仕事部屋に入ったのは、ほんのちょっとした好奇心だった。クリームが居ても、一人で広い部屋にいるのは、やっぱり寂しかったから。
そこは宝の山だった。楽譜が溢れかえるほどあって、パソコンがあって、色んな楽器があって、CDがたくさんあって。どこへ目を向けても、宝にぶつかった。
デスクに無造作に置かれている手書きの譜面は深夜が作ったものに違いない、と私は貪るようにそれらを読んで、壁に沿って置かれた電気ピアノの電源を入れて、音を取りながら口ずさんだ。
そんなことを続けていたら、ある日深夜に見つかった。
『…百合?』
あまりにも夢中になっていて、ドアが開いたことにも気がつかないで。
振り返ったら、険しい顔をした深夜が立っていた。
『ごめんなさい! 勝手に入って…』
私は跳ね上がって謝った。
『いや、いいんだ。そうじゃなくて…』
深夜の顔色は明らかにおかしかった。動揺していた。...ちがう。後から考えれば、興奮していたんだ、とわかる。
『百合、歌うの好きなの?』
あの時、あの瞬間、おそらく私たちの完璧な幸せは、ノスタルジーへと姿を変えてしまったのだ。
深夜は棚から楽譜を次々に引っ張り出して、これ歌える? これは? と、私に歌わせた。
それから。
『百合には才能があるよ。僕が曲を書くから、歌わないか?』
そう言った。
私はまだわかっていなかった。
もしかしたら深夜も、その時は、まだ。