リリー・ソング
"アネモスコープ"の撮影が終わって、映像が深夜のもとへ回されてきた。
結局、アルバムの作業は何一つ進んでいなかった。
「もう仕方ないです。とにかく年末まで、"クリーム"を歌って歌って歌いまくってください。」
榎木さんはそう言って、連日私をテレビ局に送る。
他にも雑誌の取材やライブイベントが立て込み、私は忙しくなって、一方深夜は家から一歩も出ずに映像と向かい合う、そんな日々が続いた。
深夜が倒れたこともあって、私は防音室をそっと覗くことが増えた。
深夜は気づく時もあれば、気づかない時もある。
気づくと顔を上げて、どうしたの? と微笑む。
さっぱりと切り揃えたはずの髪も、いつの間にかまた伸びていた。
私は深夜がノスタルジーだと言ったあの曲に歌詞をつけようとして、できないでいる。
やっと巡り会えた、兄と妹でいられたあの尊く短い時間を、どうやって歌ったらいいのか、検討もつかない。
「リリーちゃん。」
呼ばれて顔を上げると、楽屋の入り口に秋穂さんが居た。
久しぶりだった。
今日は、若手のアーティストが集められたイベントが行われる。地上波ではないけど、テレビ番組だ。秋穂さんも何組ものアーティストのバックでのステージを受け持っていた。
「浮かない顔して、どうしたの? 今日はよろしくね。」
「あ…よろしくお願いします。」
秋穂さんはまだリハーサル中だと思っていた。