リリー・ソング

…私だったら。
私が、秋穂さんの立場だったら。
とても無理だろう。自分を愛しようがない人を愛して、傍に居続けるなんて。
どんなにつらいだろう。

「あなたね。私を馬鹿にしてたでしょう。」
「え?」

秋穂さんが腕を組んで笑いながら私を睨む、フリをした。

「どんなに頑張ったって無駄なのに、深夜は私のものなのにって、見下げてたでしょう。」
「そんな…」

そんなこと。
ない、と言い切れるのかどうか、確信がない。ないんだ。知らなかった。私は言葉を失った。

「嫌な女。そんな声を持って生まれて、深夜を未来永劫、魅了して、縛りつけて。大っ嫌いだったわよ。」
「………」

薄々わかっていたけど、項垂れてしまった。
今更、私は何もしなかったな、と気がついた。秋穂さんに好かれるため努力も、深夜が秋穂さんを愛するための手助けも、何も。

「セイレーンの声を待ってるって? あれ聴いた時、冗談じゃないと思ったわ。私にとってはあなたがセイレーン以外の何者でもなかった。」
「…ごめんなさい。」
「でも本当は、...私も待っていたのかもしれない。終わりが来なきゃ、ずっとしんどいだけだもの。そんなの耐えられない。」

その声に私を責める響きは無かった。秋穂さんは元々優しい人だ。そんなことは知っていた。秋穂さんが私のことを好きじゃないのは、当たり前のことだ。

「私、秋穂さんは…もしかしたら、深夜を救ってくれる人なのかなって…そうしたら、深夜も楽になって、私たち、また普通の兄妹になって、幸せになれるのかなって…そんなこと、思ったりしてました。」
「ウッソでしょ? 馬鹿じゃない? あなた、自分の才能を甘く見てるわよ、それ。」
「………」
「誰もあなたの声にひれ伏さないことなんてできない。深夜も、私も。」
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