リリー・ソング
毎日、深夜は朝しか私と顔を合わそうとしない。
本当は朝さえ会わずに済ませたいのだ。それをわかっているから、私も夜ご飯まで強制的に付き合わせることはしないでいる。
「ねえ深夜、私がいない時もちゃんと食べなきゃ。」
「食べてるよ。」
「嘘。それ以上痩せたら、また倒れちゃう。」
深夜は黙って微笑む。
身長は175センチくらいだったはずだけど、体重はもう私と変わらないんじゃないだろうか。
痩せて痩せて、そのまま消えていなくなってしまいたいのかもしれない。
「…映画のほうは進んでるの?」
「…いい映画だよ、すごく。」
答えになっていない。ということは、難航しているのだ。
「ねえ、こないだのアルバムのことなら、本当に気にしないで。あの曲を軸に考えるから…」
この話を持ち出すことは気が重いけれど、避けては通れない。
私が言っても、深夜は黙って首を振るだけだった。わかっていたけど、じゃあどうすればいいのか、わからない。
頑張りたいのに。
私はマグカップの取手をいじる深夜の指先をじっと眺めていた。
「……リリー、もし…」
深夜がゆっくりと口を開いて何か言いかけて、ためらって、やめてしまった。
「何?」
「いや…」
「もし、何?」
言わなければ許さないとばかりに身を乗り出した私に、深夜は顔をかすかに歪めた。
「もし、リリーが…」
私の電話が鳴った。
深夜が僅かに、ほっと安堵の色を浮かべて、また口を閉じた。
一体何を言おうとしたのだろう。毎朝、深夜はこんな調子だ。
私は諦めて携帯を見た。
榎木さんだ。私を迎えにくるのは午後のはずだ。
「もしもし?」
「もしもしリリーさん、おはようございます。ちょっとまずいことになりました。」
押し隠しているけど、榎木さんの声が切羽詰まっている。
「スキャンダルです。」