リリー・ソング
夜の海は私が思っていたほど暗くはなかった。
月が高く出ていて、無人の海を静かに照らしていた。
私は持ってきたシートを砂浜に敷いて、よいしょ、と座った。
「綺麗ね。海って冬の方が綺麗なのかも。ゴミも少ないし。」
「いつの間にそんなもの持ってたの?」
運転から開放された深夜が疲れたように笑って、私の隣に座った。身体のどこにも触れないように、距離を少し空けていた。
私は月の光に浮かび上がる深夜の白い横顔を見つめた。
「朝陽が見たくて。」
「ええ? 何時間ここにいるつもりなんだ? 凍死するよ。」
深夜が白い息を吐いて笑う。冬はいつも着ている、あのモッズコートを着ていた。
「…時間があったほうがいいじゃない。」
私が小さい声で言うと、深夜が黙った。
それからしばらく、無言だった。
寄せては返す波音も静かだ。
夜明けまで。
時間はたくさんあったほうがいい。
それから、私は…
「…リリーが…」
深夜が振り絞るような声でやがて言った。
そう、深夜はここのところずっと何か言おうとしていた。
「リリーが、もし…僕と、離れたいなら…」
それが、こんなこと?
口を開きかけてはやめ、開きかけてはやめて、今日まで言えずにいたことが。
「…僕は止めないから…リリーの好きなようにしたらいいから。」
「私はずっと好きなようにしてる。」
私は不機嫌に言った。
「深夜、そうじゃない。私はそんなこと聞きたくない。」