リリー・ソング
エデン
「スランプはすっかり抜けたんですか、あの人は…」
榎木さんがうんざりした顔で言った。
「スランプっていうか…」
私は苦笑して言葉を濁した。
海から帰ってきてから、私たちは揃って風邪をひいた。
怒涛の収録を終えて、あとは年末年始の生番組だけを控えた私はオフだったけれど、榎木さんは薬やら何やらを買い込んで、午後になってから飛んできた。
マスクをしてふらふらして迎えた私たちを見て勘弁して下さいよと嘆いたけれど、深夜はアネモスコープのデモ音源をきっちり仕上げていた。
「えっ? できたんですか?」
「うん、だから後はよろしく。僕は寝る。」
「風邪ひいてるのに徹夜したんですか? あなた馬鹿ですか?!」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔から一転して鬼の形相で怒鳴った榎木さんに、そうかも、と深夜はガサガサの声で言ってよろよろと寝室に消えようとして、あ、そうだ、と振り返った。
「で、そっちのレコーディング終わったら、すぐリリーのアルバム録るから、スケジュールよろしく。」
「えっ? は?」
動転する榎木さんを残して、深夜はバタン、とドアを閉めた。
そういうわけで、私が淹れた紅茶を飲みながら、さっきから榎木さんはスケジュール帳と格闘している。
「いいんですけどね…どんどん曲を書いてくれるぶんにはね…」
極端なんですよ、とぼやいている。
「…ごめんね。」
「リリーさんが謝ることはないですけど。リリーさんまで体調崩すのは珍しいですね。」
「うん、ちょっと…喧嘩して。」
「深夜さんと? リリーさんが? 本当に?」
榎木さんは目をパチクリさせて私を見た。
「ああ…リリーさん、あの人になんか、魔法使いました?」
「魔法なんか、私無理、使えない。」