リリー・ソング


"アネモスコープ"は、素晴らしかった。

私とのキスシーンなんか可愛らしく思えるほど、別の女優さんとの生々しいラブシーンに差し掛かると、紺は隣で、うわ俺超恥ずかしいと小声で言って、下を向いていた。

私との声の無い短い想い出のシーンで、深夜はあのノスタルジーだと言った曲を使った。歌詞はなしで、私のハミングが入っている。あの曲をアルバムに入れることは、結局やめた。でもサントラには入るから、と深夜は言った。

紺は少年の頃恋人を失った喪失感を抱えて北海道に転校し、そこで生きていく5年に渡る物語を、見事に演じきっていた。
淡々とした語り口で、自然の風景と深夜の音楽が、紺の演じる少年の揺れ動く心に寄り添うように移り変わり、最後にはかすかな光を感じさせて、benthosと、エンディングテーマが流れて試写は終わった。

私は涙を抑えられなくて、どうしよう、と思ったけれど、会場が明るくなったらみんなが泣いていたから、ああよかった、とほっとした。

監督と紺に、惜しみない拍手が注がれた。

「紺、本当に素晴らしかった! 私、こんな友達を持って誇りに思う。」

ロビーに出て思わず紺に抱きついたら、

「おーい、そんなことしてるとまたすっぱ抜かれるぞ。」

と、からかう声がして、周りで大爆笑が起きた。
佐藤監督だった。
だから、私は監督にも飛びついて首にぎゅうっと腕を巻きつけた。

「監督! 私、女優でもないのにあんなに綺麗に撮ってもらって映画に出させてもらえるなんて、一生の思い出です。」
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