リリー・ソング
そうだろうそうだろう、と監督は私の背中に手を回して抱きしめ返してくれた。
「ちょっと、もう少しリリーの感触を味わいたかったのに俺だって…」
紺がいじけた様子で割り込んできた。
「お前あれだろう、撮られたの、脱走した時だろ。」
「そうですけど…」
「あの最後のカットがこいつへったくそでな…」
「ちょ、言わなくてもいいじゃないすか、結局できたんだから!」
最後のカット。
新しく出会った女性と生きていこうと決意して、雪山が広がる空を見上げる、という、紺たった一人の場面だ。抱えきれない感情を、それでも抱えて生きていく、という紺の顔。
一体どうやったらカメラの前でこんな表情ができるのだろう、と私は胸を打たれた。
きっと、これから観る多くの人にとって、一生忘れられないシーンになる。
「リリーの顔見てきたらできたんだろ。お前、現金だし、アマチュアだなあ。困ったもんだよ。」
「最後には決めるのがプロなんです! 変な呪いかけないでくれます?」
紺が体中をはたく仕草をして顔をしかめている。
久しぶりに会ったけど、紺は相変わらず紺だった。
「せっかく素敵な映画になったのに、味噌つけちゃうようなことして、すみませんでした。」
私は監督に深々と頭を下げた。
監督は大きな口を開けて愉快そうに笑った。
「プロモーションにしちゃあ、ちょっと早かったな。どうせ撮られるなら来月くらいに…」
「やめてくださいよ! 大変だったんですよ!」
「大変だったってお前自分で撒いた種だろうよ。尻拭いはリリーにさせてなあ。あのFAXは泣けたね、俺は…」
「それは本当にその通りです。」
ありがとうございました、と今度は紺が私に深々と頭を下げた。