リリー・ソング
監督の声は大きいし紺はオーバーリアクションで、なんだか全体的にコントみたいになっていて、周りの関係者の人たちにいちいちウケていた。
「おっと、俺、お兄さんに挨拶しないとな。」
監督がそう言って、関係者しかいないはずなのに何故かサインを求められている、深夜のほうへ歩いていった。
「…今、お兄さんって言った?」
その後ろ姿を見送りながら、紺が呆然として言った。
「…うん、言ってた。」
「怖っ! あの人こえーよ色んな意味で…」
本当に身震いしているので、笑ってしまった。今日はラフなTシャツの上にかっちりしたジャケットを着て、髪の毛はミルクティーみたいな茶色になっていて、やっぱりよく似合っていた。
「まあ、でも顔は似てるから、わかる人にはわかると思うけど。」
「そうかぁ?」
深夜は監督に声をかけられ、穏やかな微笑みを浮かべて握手を交わしていた。髪もさっぱりして肉づきが戻っているので、この場にたくさんいる俳優の一人みたいに見える。
「紺、頑張ったんだね。感動した。」
改めて言うと、紺は頭を掻いた。
「海外の映画祭にも出品されるんだってさ。一緒に歩こうな、レッドカーペット。」
「ええ? 私は主要キャストじゃないから、どうなのかな…」
「主題歌歌ってるし重要じゃん。」
「そうかなあ…」
「監督は連れてってくれるだろー。」
うーん、と首を傾げながらも、本当にそんなことになったら、行きたい、と榎木さんに言おうと私は思った。この映画はきっと賞賛されるだろうし、もしかしたら紺は何か賞を獲るかもしれない。
そんな場面に立ち合えるのなら立ち合って、思いきり拍手を送りたい。