リリー・ソング



夢遊病者のように彷徨うあの人を
私たちは笑えない
ビルに架かるうっすらとした虹を
美しいと指さしたのはつい昨日の昼下がり
だけど今日も雨が降る 現実は優しくない

無数のレインクラウンを踏んで走る
肩で息をして消えかかっている灯火に酸素を送って
見えない夕闇に今日が飲み込まれて昨日になっても
torch your heart
もしかしたら明日はとあの人は夢を見て
もしかしたら明日はと私たちも彷徨っている



ーーコンコン、と楽屋のドアがノックされた。

「そろそろだよ。緊張してるの?」

顔を出してそう笑ったのは深夜だった。一曲目を口ずさんでいたのが聞こえたんだ。

「そんなつもりはないんだけど…してるのかなぁ。」

ツアー初日の今日は横浜だ。しかもドーム。ライブはそれなりにやってきたけど、ドームコンサートはまだ早いと榎木さんと深夜と私の意見が一致していて、今までやらなかった。
そんなつもりではなかったけど、お陰で満を持しての箔がついて、チケットは発売と同時にソールドアウトだったと社長はホクホクしていた。
自分では気づかなかったけど、そう言われれば、肩に力が入っていたのかもしれない。

「大丈夫だよ。みんなリリーを待ってる人たちだから。」
「うん。」

深夜が座っている私のところに歩み寄って、ちょっとだけ迷いを見せてからそれを振り切るようにして屈んで、私の唇にキスをした。
< 99 / 104 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop