ばくだん凛ちゃん
「透先輩と離れるのは寂しいです」

僕の退職を知った速人が夕診のないこの日、夕方の待機時間に僕を休憩に誘った。

「大丈夫だよ。
病院も近いし、学会や何やらで色々会うと思うし。
紹介状を書く時は全て速人宛てにするよ」

思わずニヤニヤしてしまう。

「止めてください〜!
プレッシャーですよ、それ」

速人、お前の脳内にもプレッシャーというものがあるのか。

「俺も生駒医院に引っ張ってください」

真顔で言うなよ、そんな事。

「速人、お前をここに引っ張ってきたのは僕。
その僕が先に抜ける事に関しては謝るよ」

と頭を下げると

「謝らないでください。
俺はまあ地元に近い所に行けると思って透先輩に着いて来たんです」

手をヒラヒラさせていた。

「まあ俺はしばらくはここにいます。
何かあればいつでも連絡して下さい」

「ありがとう、速人」

僕は手を差し出す。
速人も笑って僕の手を握りしめた。



「あ、いたいた」

黒谷先生もやって来た。
戸籍上は若林なんだけど、出産するまでは旧姓を名乗るという事になっている。

「高石先生、やっぱり生駒医院に行かれるんですね」

寂しそうな顔をするので僕まで寂しくなるよ。

「うん、色々と重なってしまって。
あと1ヶ月ちょっとでここを立ち去るのは心苦しいけれど」

まだ、やらなければならない事がある。
まだまだ経験不足な若い小児科医を育てなければいけない。
常に僕を頼っていた人達にはもっとしっかりして貰わないとね。

残された時間でどこまで出来るかわからないけれど。

せめて速人の足手まといにならないように、鍛えないとね。

「黒谷先生も無理は禁物ですよ。
何かあれば嫌だろうけど神宮寺先生を頼ってください」

「先輩!」

速人、そんなに怒るなよ。

「黒谷先生の本音を言ったまでだけど」

黒谷先生は必死に笑いを堪えている。

「速人、頼んでおくよ。
黒谷先生は他の若い医師よりは志が高い。
だから無理する事もあると思う。
限界だけは超えないようにね」

速人は頷く。

まあ、ここは速人がいれば大丈夫だろう。



長年、紺野にいたので離れるのは辛いかと思ったけれど淡々としている自分がいる事に少し驚いている。

これもハルや凛の存在が僕の中で大きいからかもしれない。
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