ばくだん凛ちゃん
「何か、育児に対して不安なことはありますか?」

一通りの身体検査を終えて椅子に座った。
ハルと僕。
向かい合って話をする。

何だか変な感じ。
身内だとやはりやり辛いな。

「色々と不安で混乱しています」

そうだろうね~。
ハル、そんな顔してるもの。

「具体的には?
些細なことでも構いません、どうぞ思いつくまま言ってみてください」

本当は最初に書いてある問診票でわかっているんだけどね。
僕はいつもそう新米ママに聞く。
会話の隙間に重要な事が埋もれている事があるんだ。

「さっき、江坂先生に母乳だけで十分ですよって言われました。
透先生はどう言うかわからないけれど、小児科医はどこか洗脳されている人もいてミルクも缶に書いてある通りの量を常に飲ませろ、みたいに言う人がいますが、母乳で体重が順調に増えているなら必要ありませんって。
でも、その順調がどれくらいか、わかりません」

ほほう、江坂先生。
そう来ましたか。

僕はメモを1枚、机の端から取った。
そして凛の体重を生まれた時と今日と記入した。

「見てください。
凛ちゃんは生まれてから1530グラム増えています。
今日で生まれて37日目。
日割りすると約41グラム。
新生児に必要な体重増加は30グラムと言われています。
だからこの子は十分、哺乳力もあるし、ミルクを足さないでもいけると思います。
今日からは飲ませないでも大丈夫だと思います。
ただ、お母さんが疲れている時は無理をしないのも大事ですよ」

ハル、わかってる?わかってない?
あいまいな顔をしているな。
もう一度説明しようか?

「先生はどう思います?」

「どうって?」

「私が母乳だけでいけると思います?」

「じゃあ、逆に質問です。
お母さんはどうしたいですか?
母乳だけで育てたい?ミルクだけで育てたい?
基本母乳で疲れたときはミルクにしたい?」

ハルの目をじっと見つめた。
…もう、とっくに決まっているんだろ?

「…出来たら母乳がいいです」

僕は数回、瞬きをした。

「十分、出来ると思いますよ。
もし不安ならまた来月、自費になりますが2カ月の健診に来てください。
そこで体重チェックをしてみましょう。
あと、不安な事や疑問な事もお聞きします」

と、普段言うセリフを吐く。

でも…家に赤ちゃん用スケールを買ってあげるよ、そんなに心配なら。
家にいるときは毎回、僕がチェックするし。
それくらいはしますよ、ハルが不安なら。

「プッ」

隣から吹き出す声が聞こえた。
チラッと隣で立っている看護師を見る。

「先生、あまりにも他人行儀ですよ。
家で見てあげたらいいじゃないですか」

「…一応型にはまった1カ月健診をしているだけです。
ハルが不安なら家でしますよ、それくらい」

また吹き出す看護師。

「奥様、家で透先生に是非見て貰ってくださいね。
…っていうか、母乳でいくかミルクでいくか、話し合いしてなかったんですか?」

痛いところを突くなあ、キミ。

「…そんな時間、ありません。
新生児のお世話は中々大変だよ」

思わず出た言葉。

「下手をすれば夫婦仲も悪くなる。
よくわかったよ、自分に子供が出来て。
特に僕なんかほとんど家にいないからね。
どれだけハルが辛い思いをしているか…、助けられない自分が悔しい」

「…ですって、奥様」

看護師はハルを見て微笑む。

「家にいるときは透先生をこき使ってくださいね。
それくらいでくたばる先生ではありませんので」

言いたい放題だな。
…でも、本当にそれくらいではくたばらないよ。

「他に何かありますか?」

話を戻す。
ハルは一瞬視線を下げてすぐに僕を見る。
いや、見るというか睨む。

「…高石先生」

何、そんな呼び方、怖い。

「江坂先生に何か言われました?」

「何をです?」

その話題を今、ここでする?
また僕、看護師の餌食になるよ?

「私の1カ月健診は特に異常はありません。
今日からお風呂にも入れますよって言われました。
でもお風呂よりも先に夫婦生活、大丈夫です、どうぞ今日から楽しんでくださいって言われたんだけど」

ハルの目が怒っていた。

「あー…そう。良かった」

僕は棒読みでそう言うと視線をハルから外した。
隣で看護師、大ウケ。

「江坂先生のお墨付きなら今日から大丈夫だねー。
今日は早く帰られそうだから楽しみだよ」

ええい、開き直ってしまえ!

「透!やっぱり何か言ってたのね!!」

ハルは片手で凛を抱っこしながら僕の額を指で突いた。
僕はハルのその手を掴むと

「じゃあ、今日の健診はこの辺りで。
…気を付けてお帰りください。
楽しみにしていますよ、今晩」

ハルは顔を真っ赤にする。
看護師は大笑いしていた。
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