ばくだん凛ちゃん
「先ほどはありがとうございました」

頭を下げてお礼を言うと

「いえいえ。
あんな言い方ないですよね」

そう言って微笑んだ彼女。

「透先生の奥様ですよね?
私、奥様が入院中に何度かお見かけしたことがあります」

「えっ…」

クスッと笑って彼女は胸の中でウトウトしている息子を見つめた。

「あの、プロポーズ騒動も知っています」

「えー!!」

思わず赤面。

「私、同時期に妊娠してたんですよね。
病院中、透先生の動向を気にしていて私、中々自分の妊娠を言えなくて」

苦笑いする彼女。

「ごめんなさい…」

もう一度謝ると

「そんな、謝らないで。
…至先生が気付いてくれたんです、私の事」

彼女は一瞬目を閉じた。
その時の事を脳裏に描いているようだった。

「それから至先生は私に気を使ってくださるようになって。
…周りからは嫉妬の嵐。
至先生は優しくて人気があったから余計に」

私は黙って聞いていた。

「…私、ここから3分くらいのところに住んでいるんですけど、こんなところで立ち話もなんですから来ません?」

彼女の提案に頷いた。



彼女の名前は春日 舞。
日当たりの良い3LDKのマンションに住んでいる。
お兄さんと一緒の内科で外来の看護師をしていて、お兄さんが外来へ入る時はほぼ彼女が入っていたとの事だった。

「透先生と同い年なんです。
だから余計に至先生は私を可愛がってくださりました」

そう言って抱っこ紐を外した舞さん。

「この抱っこ紐も至先生からのプレゼントです。
選んだのは奥様だと言ってましたけど」

うん、そうだろうね。
桃ちゃんの好きそうな柄だもの。

「私、産休、育休を取るかどうか迷ったんですけど至先生が春に継承開業で退職されるという事だったので体が辛くなってきた妊娠8カ月で辞めました。
他の看護師の妬みも酷くて」

「…そんなに酷いんですか?」

私も抱っこ紐を外し、凛を貸してもらったタオルケットの上に寝かせた。

「そうですね、毎日意地悪されていましたから」

舞さんの顔が曇る。
相当だったんだろうな。
きっとお兄さんは。
舞さんが私と同い年で同じ時期に妊娠して、気になって仕方がなかったんだと思う。
それが裏目に出てしまったんだ。

「実は私の夫も紺野総合にいるんですよ」

私は舞さんの顔を見つめ、目を丸くすると苦笑いをしながら舞さんは

「麻酔科医なんでそんなに普段会うことはないですけど」

チラッと舞さんは棚に飾られている写真を見つめた。
結婚式の時の写真と病院で撮ったと思われる写真。
優しそうな旦那様だった。
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