ばくだん凛ちゃん
とうとう、僕が自分の人生で最大とも言える決断を下す時がやって来た。

今日はハルが生駒医院に来る日。
幸い、当直ではない。
一緒に帰ろう。
そう思うと心が軽くなる。

「ハルー」

ドアをノックして事務室に入るとハルは真っ青な顔をしていた。

「透、ごめん、凛を見ておいて」

「ハル?」

いよいよ本格的な悪阻の始まりか…
ハルが慌てて事務室を出ると僕の顔をじっと見つめる凛がうーうー声を出して笑っていた。

凛…。
僕がほとんど家にいなくても凛は僕の事をお父さんだとわかっているの?

凛をゆっくりと抱き上げた。
そういえばしばらく抱っこもしていなかった。
凛は少し重くなっているように感じた。

そのまま壁にもたれて座り込む。

「凛…ごめんね。
お母さん、これから大変になる。
凛の事だけを見られなくなるかもしれない」

白衣の中に凛を入れてみる。

凛はキーキー言いながら白衣を触って引っ張って遊んでいる。

「凛、ごめんね」

お母さんをまだまだ独占したいと思うのに、それも出来なくなるね。

一筋の涙が頬を伝う。

自分の撒いた種。
自分が望んだ事。

でも胸が痛い。

僕は涙を拭いて凛としばらく遊んでいた。

ハルがようやく戻ってきた。
顔色が悪い。

「…いつから?」

「何が?」

ハルの口調は尖っている。
少しその目に怒りが含まれている。

「吐き気。検査はした?」

「まだ」

僕は立ち上がって凛をハルに渡した。

「全ての診察が終わってから、検査をしよう」

何とか笑みを浮かべてハルの額にキスをした。

これで、機嫌を直して…はくれないよね。

事務室を出てから立ち止まり、大きく深呼吸をする。

胸が痛い。
新しい命が宿ったというのに後悔するなんて…。

両手を見つめた。
少し震えている。

その手を強く握りしめて僕は階段を降りていった。
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