夕月に笑むジョリー・ロジャー
プロローグ
この国にはまともな『人間』などいない。

此処にいるのは、中途半端な食(は)み出し者達ばかりなのだよ──……



* * * * *



「おい船長!」

「こいつらの"母親"連れて来たぜェ!」

頭上でそんな声が響くと同時、私の身体は無造作に床へと放られた。
荒縄で容赦なく縛られているせいで受け身が取れるはずもなく、したたかに全身を打ち付ける。
嫌な臭いのこびりついた床板に、思わず顔が少し歪んだ。

「何だァ? 随分若い母親だなァ」

「バーカお前、こいつは単なる母親役だ」

「ガキ共が適当な女担ぎ出してママをやらせてんだよ」

疑問も、回答も、私や子供達じゃない、誰かが全て口にする。
どれもこれも聞き覚えのない声だ。
確実に初対面だろう。

それでも答えが正確なのは、この男達が事前に情報を頭に入れてきたからなのか。
はたまた、最初から"あの話"を知っているからこその言動なのか。
現時点ではどちらとも判断つかなくて、様子を窺う私の元まで大きな笑いが響き渡った。

「イイ歳してママゴトか!」

「そんなガキにゃあ見えねェがなァ?」

明らかに揶揄を含んだ声で笑い飛ばされて思わず唇を引き結ぶ。

子供に見えなくて当然だ。
いくら東洋人の顔立ちは西洋の人に比べて幼く見えるとは言われていても、私は一応十九歳。
さすがにどう頑張っても、ウェンディみたいに小さな子供には見えないだろう。

だからといって、子供達の世話をしているのをお飯事だと笑われるのは、良い気分じゃあないけれど。

一向に口を開かないでいる私を微塵も気にする様子はなく、粗野な声での嘲笑ばかりが私の耳朶を打っていく。
そんな彼らの姿を視界に収めたくなくて……けれども延々とこのまま顔を伏せているわけにもいかず。
さて私はどうやって先に捕まってしまったらしい子供達とこの船上から逃げるべきかと考えていれば、不意に革靴の足音が響いた。

木製の床を踏むそれは、ゆっくりとはしていても、いくらかは乱暴なもので、決してその人物が上品な相手ではないことを私にしっかりと伝えてくれる。
こちらから顔を上げるのは嫌で身動きせずにいる私の前、数歩の距離でその足音はぴたりと止まった。

「──ツラ見せろ」

威厳を纏って告げられた声は、多分、私へ向けてのものじゃない。
その証拠に、間髪入れずに私の髪は二つ分の手で鷲掴みにされたんだから。
多分、私を連れて来た二人組が即座に命令に従ったってことなんだろう。
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