夕月に笑むジョリー・ロジャー
「……就活が始まったら、するよ」

そういう時期になったらさすがに何もしないわけにもいかない。
だけど、できることならそれまでは面倒なことはなるべく避けたいところだった。

「朝も、結構忙しいし……」

「ふぅん……」

個人的にはわりと本気で答えたつもりだったけど、どうやら納得はしていなさそうな雰囲気だ。
その証拠に、「少しは何かすれば良いのに」なんていう独白が私の耳朶を打つ。
やけに食い下がるな、と、私は軽く首を傾げる。

「……何か、あった?」

妙に推してくることに違和感を覚えた。
彼は確かにだらしない方ではなかったし、どちらかといえば物事に対してきっちりとしている方だったとは思うけど、そこまで身形に関して口にしてきたことはない。
だからこそ確認してみれば、案の定「いや、何つーか……」といくらか躊躇った後で、彼は微かに頬を染めた。

上着の襟元を直したのは、単純に寒かったからなのか、あるいは、口元を隠したかったからなのか。


「…………朝希さ、可愛いじゃん」


唐突にも感じる発言に、私は数度瞬きをした。
同意を求めているような雰囲気ではあったけど、これはどう返すべきなんだろうか。

何とも反応し難い台詞に無言のままとなってしまった私を気にしているのかいないのか、彼は決して私とは視線を合わせようとしないまま、まごつくようにもごもごと口を動かした。

「だから……まぁ、何だ。お前も、少しはさ……」


「──ごめん」


鞄の持ち手を握りしめて、私はその場に立ち止まる。
驚いた彼が振り返ってきたような気がしたけれど、顔すら見れずに目を逸らした。

声は、普段通りになっただろうか。
努めて普段通りの調子になるように、柔らかさをなるべく意識して先を続ける。

「ちょっと、用事あるから……先に行ってて」

言い逃げるようにしてその場から早足で歩き出す。
彼はいくらか戸惑ったようだったけど、幸い追いかけてくる気配はなかった。
ほっと安堵の息を吐き、私は足下を眺めて歩く。

行き先は何処にしよう。
特に目的地があるわけでもないけど、とりあえず一周してきたら大学に入れば良いだろうか。
適当に時間を潰せるルートを頭の中で思い描いていた、その時だ。


目の前に、誰かが立った気がした。
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