夕月に笑むジョリー・ロジャー
気遣いなんて欠片もない動作で思い切り後ろに引っ張られ、無里切り後ろに引っ張られ、無理矢理に顔を上げさせられる。
痛みに思わず顔を顰めると同時、もしもあの船長だったら、仮にも女である私にはこんな扱いをさせなかっただろうと頭の片隅で考えた。

例え実行したのが部下だとしても、それを即座に咎めたはずだ。
それだけあの人は何時だって誰よりも上品で、そして多分、酷く特異な存在だった。
──海賊としても、この国に来る者としても。

そうして強引に引き上げられた私の視界へ侵入したのは、若いとは言い難い、けれども年老いていると表現するには余りにも荒々しい雰囲気の、厳つい壮年の男だった。

他の男達よりも派手な装飾を施された衣服を纏っている辺り、この人がリーダー……この船の船長なんだろう。
一際鋭い眼光も、笑っていても漂っている威圧感も、その他の船員とは一線を画しているような気がした。

明らかに私が勝てる相手じゃない。
それに多分、並の男性でも対抗するのは難しい気がする。

さて、どうしたものか……と、この船長の肩越しに見えた、帆柱に巻き付けられている子供達を見て思う。

全員一緒に括りつけられているのは幸いと取るべきなんだろう。
あの子達のお腹の辺りに巻かれている縄を切れば、一気に解放できるんだから。

問題は解放に至るまでと、解放した後逃げる為の方法だ。
飛んで逃げるのは無理だろう。
男達は全員して銃を腰に提げてるし……なんて私が思考を巡らせている間、相手方もまた別のことを考えていたらしかった。

「東洋人……?」

誰が呟いたのかは知らないけれど、それは明確に疑念を含んだ声だった。

ただ、それは自然な反応だろう。
明らかな東洋人はこの国じゃほとんど見かけない。
私以外にはあと一人、何となく東洋系な気がする、ぐらいの人がいる程度のものだから。

それに。

「船長。こんな女、いるってあの本に書いてあったか?」

「いや、話にゃあ出てねェ……が、」

言葉を区切ると、私を見定めるようにじろりと男が見下ろしてくる。

……話には、書いてない。
耳に入ってきた会話に、また一つ確信を得た私に対し、目の前の男はにやりと口角を釣り上げる。

「……結構な上玉だ」

満足そうに言い放ち、太い指で私の顎元を摘む。
更に少しだけ上向かされて、無理矢理に視線が合わされた。

濁った色だ。
瞬間的にそう感じたのは、これよりももっと澄んだ瞳ばかりを目にしてきたせいなのかもしれない。
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