夕月に笑むジョリー・ロジャー
「大人しくしてりゃ、後でイイ思いさせてやるよ、ベッピンさん」

嫌味で口にしてきたのか、それとも本気で私の顔はこの船長の好みだったのか……
どちらとも取り難い、けれども黄ばんだ不揃いの歯を見せつけながらにぃと笑う男の顔に、生まれてくるのは強い不快感だけだ。

別嬪さん──そんな呼び方を冗談で口にする人も知り合いにはいたけれど、それだって決して不愉快な気分に陥ったことは一度もない。
つくづくあの船に拾われた自分は運が良かったんだと改めて思う。

……今更だ。そう、分かってはいたけれど、痛感せずにはいられなかった。
最初に乗ることになったのがこんな人達の船だったら、多分私は試験を途中で放り出してでも逃げたくなったに違いない。

それでも。

「悪くねェな」

首から下をじろじろ眺めて、唇を吹きながら呟かれた台詞を聞けば、何をしようとしているのかは明らかだった。

つくづく品のない人達だ。
これが一般的なのか、それともこの一団が低俗なのかは私には判断しかねるところだけれど。

船長の雰囲気は、やっぱり大きく影響してしまうものらしい。
良い意味でも、悪い意味でも。

「怖くて声も出ねェってか?」

「おいおい! 声が出なきゃ後の"お楽しみ"が半減だぜ!」

下卑た声音で紡がれる内容は半分が本気で、残りの半分は私を脅す為のもの。
ちらちらと反応を窺っているのが何よりの証拠だ。

生憎と私はあんまり表情が変わらない方だと思うし……何よりその程度の脅しで恐怖するような普通の女の子のままじゃ、この国では生きていけないから、そう反応は示さなかったはずだけど。

「まずいよ……! このままじゃボク達皆渡り板だ!」

刹那、耳に飛び込んできた異質な声に、私は視線をそっちに向けた。
まだ声変わりをする前のそれは、もちろんこの船に元々乗っていた人達のものじゃない。

あれはトゥートルズの声だろうか。
こういうときに真っ先に心配をするのは、大抵あの子だったから。

本人達はこそこそと喋ってるつもりなんだろうけど、ただでさえ高い子供の声は良く響く。
加えて動揺しているこの状況じゃあ、自分の声の大きさなんて気にしてる余裕がないんだろう。
結構な距離のある私の元まで、皆の会話は筒抜けだ。

「ピーターは?」

「まだティンクと出かけたままなんじゃないかな……」

「ならローザは?」

「勝手に出て来ちゃったのに、ここがローザに分かると思う?」

「で、でもさ、ルーナがいるなら、きっとローザも……」

「うるせェぞ!! ぎゃあぎゃあ喚くな!! 首ごと飛ばされてェか!!」

苛立った船長の一言で、子供達は一斉にぴたりと黙り込む。
不安を前面に押し出している顔は、完全に怯えきっていた。
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