夕月に笑むジョリー・ロジャー
「今日はおばさん達いるのか?」

「いないけど……」

「また病院?」

「うん……」

静かに首肯はしたけれど、覚えた違和感に隣を歩く彼を見る。
また少し距離が離れたような気がしたけれど、それは私の思い違いか、本当に彼の背が伸びたからなのかは分からない。

「……でも、何で?」

いくら他人ではないとはいっても、異性の彼とは普段はそこまで関わりがあるわけじゃない。

こうして顔を合わせれば会話もするし、そう遠慮する仲でもない。
だけど、積極的に会うようなこともない。
言ってしまえば、その程度だった。

だからこそ敢えてそれを問いかけてきた理由を尋ねれば、彼はまるで私が聞いたことの方が不思議だとでも言うように間を空けることなく唇を開く。

「明日、誕生日だろ」

当然とばかりに返された台詞に、私は無言で瞬きをした。
誰の、と反射的に返しそうになったけど、音に乗せる寸前に答えが頭の中に浮かんだ。

──さすがに分かる。自分の、誕生日ぐらいなら。

「……そっか」

納得したときに唇から零れ落ちた一言で、彼は全てを悟ったらしい。
再び小さな溜息を吐くと、呆れの混じる表情で私のことを見下ろしてくる。

「忘れんなよ。いくら何でも、今年は二十歳になるんだぞ?」

「……ごめん」

そういえばそうだったと、もう一つの事実も失念していた私は、そう返すことしかできなかった。

思い返せば数日前に、お母さん達がリビングで誕生日に関して話してるのは小耳に挟んだような気もする。
……私のっていうのは、完全に忘れていたわけだけど。

例年であればそこまで拘る必要性も感じない日ではあったけど、成人するとなれば話は別だ。
とはいっても、それだって制度的に色々なものが変わってくるだろうっていう、淡泊な理由からだった。
別に二十歳になるからといって、私の誕生日はそこまできちんと祝うものでもないだろう。

と。そんなことをつらつら考えていれば、隣の彼がしきりにちらちらとこちらの顔に視線を向けてきていることに気が付いた。

「……どうかした?」

「あー……」

さすがに気になって問いかければ、彼の方でも何かを切り出そうとはしていたらしい。
幾度か言い淀んだ彼は、しばらくしてから一度咳払いをして、「なんつーか」とようやく話をし始める。

「…………お前って、そろそろ化粧とかしねぇの?」

そのことか。と、得心のいった私は小さく頷いた。

周囲を見回すまでもなく、校則で禁止されていない大学では、張り切って化粧をしている子が大半だ。
高校時代と同様に何もしない私のような子も一定数はいるけれど、多分少数派になるだろう。
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