大人の初恋
 淡々と手順を踏んでいく彼に、私は一抹の寂しさを感じずにいられない。

 昨夜はあんなに盛り上がったのに…
 浴びせる程の愛の言葉も、情熱的なセックスも、朝になればまるで無かったコトみたい。

 しかし私は自分に言い聞かす。

 そう、これは行きずりのカンケイ。大人同士の憂さ晴らし。このまま別れるのは大前提だ。

 ふと、衝動に刈られた。
 『行かないでっ』なんて素っ裸で抱きついたりしたら、あるいは次があるんだろうか。

 だが、それは私のプライドが許さなかった。


「じゃあ、支払いは済ませておくから。
 君はゆっくりしていくといい」

「ええ…じゃあ…」

 “またね”とは言わないわ。
 ……言いたいけど。

 と、彼はそれを見透かしたように、悪戯っぽい眼を向けた。

「な、何よ」

「いいや、別に…そうだ、これ」

 彼はスッと名刺の裏に、ペンで何かを書いてサイドテーブルに置かれた指輪と引き換えた。

「何かあったら…いや、気が向いたら連絡して。僕も気が向いたら……出るからさ」

「え……」

 ベッドに素肌のままの私を残して、彼は颯爽と去っていった。

 残された私は、彼の気配が完全に消えたのを確認し、ササッとそれを手に取った。

 しげしげと眺める。


(株)F製薬……
マーケティング部 部長
成瀬 立真(ナルセ タツマ)…
 
ウワオ、エリート。
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