大人の初恋
 彼は無論、私にだって容赦しない。

「如月さん」

 キタ!
 呼ばれた私は、ササッと彼のデスクの脇に立つ。

「10時からの会計士さんとの打合せ資料、どうなってる?」 
「あ。あれは……その水谷サンに任せて…」
「スイマセンっ、今持っていきます」
 やり取りが聞こえたのか、アキちゃんが慌てて持ってきた。

 一旦資料をザッと眺めてから、彼は私に顔を向けてそれを手渡した。

「僕は君に頼んだんだ。
 水谷サンに下請けに出したなら、ちゃんとチェックしてから持ってきて」

「……ハイ」

 隣でアキちゃんが、済まなさそうにペコペコと頭を下げている。後輩の前で叱られた私は、素直に頭を下げられない。
 羞恥に震えたまま、やっと小さな返事を返した。

 身体が熱くなったせいだろうか、無意識に、昨夜のアトをポリっと掻いて、ハタと気づいて手を下げた。

 昨夜の戯れ言を思い出し、急に心臓が高なり始める。

 彼はチラッとそれをみたが、眉ひとつ動かさないクールな横顔のまま、頼んだよ、と一言だけを告げた。

 フェアな厳しさは嫌いじゃない。むしろ好きだ。


 だけど。

 何さ、私は今だって、貴方にこんなにドキドキしてるのに。
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